「かわいいは作れる」というか、大人になってしまった人間は作らないとかわいいの持ち合わせなんてないんですよ
存在するだけでかわいいのは、小さな動物と子供くらいですよ
育った人間のかわいさなんて所作のひとつ声の出し方ひとつとっても意識してないとかわいくならんのですよ

動物はオスとメスを同じ場所に入れとけば、そこそこの確率でいつの間にか繁殖するのと同じで
人間もオスとメスを同じ場所に入れとけば、恋人だとか結婚だとかなしでもいつの間にか繁殖するんだよなあ
まあするのはどうでもいいんですけど、なんで繁殖成功してから驚くんですかね、そうなることしましたよね

見た目がいいけど中身がクズなやつに騙される人は頭が悪い
中身がクズなところを魅力的に感じる人は頭がおかしい
悪い男って素敵、じゃねーよ

勉強は大切だけど、それと一貫性のない主張をよしとするかは別だよな
4月には「学校は休みだけどもう春休みじゃないんだから」と学校と同じ生活をさせて、8月には「休校だった分は夏休みを減らします」って、学生は事情を納得してもやりきれない理不尽な思いがあるんじゃなかろうか
あの4月の休みは外出できない分を差し引いても、夏休み気分で過ごさせてもらえる休みなんかじゃなかったぞ、と

これは大人がどれだけ信頼されてるかという問題かもしれない
真摯に考え、向き合っていれば、ままならない最善を共に抱えていける
その場その場ではそう間違ってなくても、その場しのぎを口にしてる人相手だと、わかっていても呑み込めない不満が募る
そんな感じで

魔物を倒すことで強くなれる世界で、だから冒険者は兵士より強い理論は穴があるように思う
兵士が強くないって元はゲームやらで兵士でない外部の主人公が活躍するための理屈よね
大体そんな弱い兵士が専業で何してんのよ、半農ならともかく

リアリティに寄せるなら、並の兵士は最低でも並みの冒険者と並ぶ強さがあるべき
兵士も魔物を倒せばいい、何のフォローもない冒険者よりよほど安全に倒せても不自然ではない
というか冒険者として多少名をあげると、不安定な自営業の冒険者から安定の正規雇用である兵への道が開けるくらいでもおかしくない
その場合だと高レベルの冒険者は、勤め人になりたくない自由人やなりたくてもなれない荒くれになるのか、実に冒険者らしいじゃないか

○○を知らない私が~みたいな物語、だいたい知らないだけじゃなくて愚かにせざるを得ない問題
賢いと情報収集やら予測やらで表面上取り繕えてしまうまでが早すぎる
故に看板に偽りなしとするためには、常識がない人物が常識のないままでいるためには、学習できない愚者であるしかない

成功しかない物語は非難されがちだが、個人的には毎度やらかす展開もどうかと思う

美醜逆転をインスタントに解決するなら、逆転範囲を顔面のつくりに限定すればどうだろう
肥え太っているのも痩せ細っているのもダメ、皮膚がただれてるとかもダメ、健康的な肉体に不細工な面がよしとされる

さらに美容は罪である価値観も必要かな
生まれつきの不細工のみが尊ばれ、人の手でいじるなど言語道断とする

そこにお約束の美形に対する苛烈な弾圧が加われば、テンプレ美醜逆転は整うかな?

美醜逆転はやはり無理がある
この手の設定は「どうしてそうなったのか」は基本ぶん投げてよいと思うが、物語の舞台として社会がどのように変容しているかはある程度必要になる

男女のあれこれが逆転した世界は、出産など替われない部分もあるが男女の立場の入れ替わりで話が済む
対のものが入れ替わって機能するなら、入れ替わった中身以外の枠は同じように機能していいだろう

一方、美と醜は1対1の関係ではなく上下の関係である
人は諦め下にとどまることはあっても、可能なら上を目指すであろう
そして美はおおむね健常を示し、醜は身体的な異常を含む
この美醜が逆転してしまえば、人は美として不健康を求めることになる

こうなると不健康を求める種族がどうやって存続していくのか
あるいは我々の価値観における身体的異常が正常となる種族がはびこる世界にするのか
といった大枠から変えていく必要が出てきて手に負えなくなる

他人の欠点ばかり見る人は問題があるが
他人の欠点から目をそらし見ないようにする人もまた問題だ

間違っても夏に大掃除はしたくないけど、真冬にするのもきつい
日本なら一般的な年度的にも春前が適してるんじゃないかな

エルフとドワーフは対のように存在するのに
ダークエルフと比べて、ダークドワーフは滅多にいない

将棋の3手詰めはもっと多くの人にやらせてもいいかもしれない
自分の次の一手の為に、相手がどう応じざるを得ないか考えた一手を指す
この「次を考えた行動」をできない人々が多すぎる
次を考えていたとしても、相手の手まで考えなければうまくいくとは限らない
3手詰めはまさしくその双方の1ターン後を読むことが必要になるので、何かの足しになってもよさそう

仕事は三方よしであるべきだ
「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」
取引相手に損をさせてでも自分の利益だけを求めるやつはクズだが、自分の利益を大事にしないのもいけない

物語で恵まれぬものに施しをする展開において、きっかけが偶然なのは別にいい
同じくらい大変な人やもっとつらい人を放置して、たまたま目に留まった相手だけを助けるなんて、という非難は的外れに思う
一個人が知り合いだけを助けて何が悪いというのか、王にでもなれば話は変わってくるだろうが

だがその偶然のきっかけが悪事の場合は気になる
知り合ったから助けるのと、知り合ったから罪人を許し優遇するのは違う
飢えに苦しむ孤児たちからたまたま救われるものがいるのと、そんな孤児の中でスリに身をやつしたやつだけが幸運にもスリがきっかけで救われるのは違う
仮に生きる気概を評価するとしたら、食い詰め盗賊なんかも評価するのかと

冬野みかんはいつからどうしてシュリンカーものに目覚めたんだろう
デビュー当時は見当たらなかった特殊性癖を描くようになった作家へ衝撃を与えたものに興味があります
あるいは最初から秘めていたのかもしれないが

もしもゴブリンやオークが人間のメス1体から月に2度3度と子を産ませることができるとしたら、人側の卵子は使われてないのかもしれんね
人の胎に寄生するゴブリンの素を注がれてるとすれば、ゴブリンしか生まれないのも頷ける

しかしそもそもとして連中が異種族の母体を出産まで飼育できるというのが想像しづらい
やっぱり同族同士で増える方がポコポコ増えそうだよなあ

ゴブリンなどが毛皮をまとい石の槍を自前で調達しているなら恐ろしい
毛皮をなめす技術があるのだ、その辺のつると木の棒で加工した石を固定する知恵があるのだ
人間の残した錆びた剣を握りしめているよりよほど恐ろしい

勝てばよかろうというやつほど、勝った後のことは考えていない

循環する魂といえるものがあり、有限で、時に縛られるものだとすれば
世に生まれることのできる命の数は、どこかに限界があることになる

そんなもの考えなくても物質自体が有限であり、生物を構成する炭素なども循環しているに過ぎないのだが

技術と社会を得た今の人間の生態を考えると、胎生ではなく卵生の方が向いてるかもしれない
どちらにせよ子を産み育てるのがつらい地域はまだまだあるが

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